出費は仕方のないことでしょう

「認知症」というものに、自分ではまったく関心がなかったのに、母が病院で医師に「認知症」と診断されて以来、かなり本気で「認知症」というものの勉強をしました。実の母とはいえ、生計は別の、いわば「他人」ですから、これほどまでに真剣に学ぶ必要もなかったのかもしれませんが、きっと、これまでの、どんな学習よりも本気で本を読みました。やっぱり、心のどこかで「他人」とは思えていなかったんでしょう。

 

いやいや、介護する気はないんです。単に愛情どうこうの問題ではなく、私が面倒を診るよりも、きちんと訓練を受けた人が専門的に世話をしたほうがいいと考えたからです。経済活動ですから、当然、出費はあるものの、出せない料金ではありませんから、やっぱり、「素人」の私が見るよりは、専門の人のほうがいいと、今も信じています。

 

所詮は「素人」ですから

 

そもそも、何かあったときに、「素人」の私は何もできないでしょうからね。コントみたいに大慌てするだけだと思われます。だったら、オカネを払ってでも、きちんとした人を雇ったほうがいいはず。「ズブの素人」が、いくら肉親だからといっても、不馴れすぎることをするのは、かえって悪影響だと思っていますもん。

 

その「何かあったとき」というのが、ないほうがいいんでしょうけどねぇ。でも、「何か」ですから、「ない」とはいいきれません。きっと、母も、話せばわかってくれると信じています。あ、もしかしたら、そんなことまで認識できなくなっているのかも?